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第28話

「さ。好きなだけ食べていいよ」

と、言われたものの、

「じゃ、遠慮なくいただきまーす!」

と、お皿を持ち上げたのは真央さんだけ。

私と和歌は、その非現実な光景を目の前に、
呆然とするばかりだ。

「どうしたの、二人とも?食べないの?」
「いえ・・・」
「あの・・・これ、どうしたんですか?」



今日は12月26日。
美香さんに、泊まりにおいでと言われ、
こうして和歌と真央さんと一緒に美香さんの家に来た。

で、家に着くや否や通されたキッチンのテーブルの上は・・・

ケーキの山。

ショートケーキ、チーズケーキ、ガトーショコラ、モンブラン、
フランボワーズ、ミルフィーユ・・・

プリンやパイまである。
お皿達がテーブルから落ちそう。


「真央には毎年12月26日にうちに来てもらって、頑張って2人で消費してるんだけどさ。
さすがに2人でこの量はキツイわけよ。でも、今年は穂波と和歌ちゃんがいるから百人力だわ!」

私と和歌の2人で百人力なのか。
いや、和歌はそんなに食べなさそうだから、
私が期待されているということなのかな・・・

それならば、期待に応えなければ!!

「いただきます!!」
「ちょっと、穂波」

和歌が、ケーキへと伸ばされた私の腕を引っ張った。

「美香さん、本当に食べちゃっていいんですか?」
「いいの、いいの、売れ残りだから」
「売れ残り?」
「そ。うち、ケーキ屋だから。クリスマスケーキの売れ残り。味はともかく、
賞味期限は保証しないけど」
「ええ!?」

私と和歌は同時に叫んだ。
ケーキ屋さん!?
そんな家が存在するなんて!

いや・・・ケーキ屋さんはたくさんあるから、
当然そういう仕事をしている人っている訳で・・・
私も幼稚園の頃とかは、「将来の夢はケーキ屋さん!」とか言ってたけど・・・

「なんか、身近にそんな人がいるなんて信じられません」
「まーね。店はちょっと離れたところにあるの」
「へー・・・」

半ば感激しながら、ケーキを口に入れてみる。

「お、美味しい!!」
「ほんと!すごく、美味しいです!」

普段はお肉専門で甘い物は食べない和歌も、目を輝かせている。

「うーん、でもこんなに売れ残してたら商売にならないんだけどね」
「こんなに美味しいのに」
「味の問題じゃなくて、量の問題。もっとちゃんと客の数とか予想して、
売れ残らないくらいの数を作らないといけないのに」

美香さんは、いかにも食べ飽きた、という感じでチーズケーキをフォークでつついた。
それとは対照的に、しばらく一心不乱にケーキを食べてた真央さんが顔を上げた。

「美香のおとーさんは、買いに来てくれたお客さんが、ケーキが売り切れでがっかりしないようにって、
毎年作りすぎちゃうんだよね」

・・・そんな、心のこもったケーキを、いくら残り物とはいえ、
こんなガツガツ食べていいのかな、

そう思いつつも、手が止まらずガツガツと食べてしまう。

明日からダイエットしないと・・・。

「よし!このケーキにろうそく立てて、お祝いしよう!」

既に3個を完食した真央さんが、
小ぶりのホールのショートケーキを持ち上げて言った。

「何をですか?」
「美香ね、やっと進路が決まったんだ」
「え?そうなんですか?」
「うん」

美香さんが照れくさそうに言った。

「悩んだんだけど、やっぱり家を継ごうと思って。製菓の専門学校に行くことにした」
「うわ!パティシエになるんですね!」
「そんな大したもんじゃないけどね。ちなみに女はパティシエールって言うんだよ」
「へええ」

凄い、美香さん。
武といい、美香さんといい、アーティスティックだなあ。

「真央さんは?」
「私は短大受ける。来月受験だからケーキなんて食べてる場合じゃないんだけどさー」

と言いつつも、次のお皿に手を伸ばす。

普通なら話の流れで、「オチさんはどうするんですか?」と聞くんだけど、
私はその言葉を飲み込んだ。

でも、何も知らない和歌は、当然のようにその質問を口にしてしまった。

「・・・うん」
「どうしたんですか?」
「・・・」
「何かあったんですか?」

美香さんも真央さんも、私も何も言わなかった。
すると和歌は、私をチラッと見た。

「穂波が何も聞かないってことは、何か知ってるのね?」
「・・・うん」
「あはは。穂波をせめちゃかわいそうだよ。武から聞いたんでしょ?
和歌ちゃん、直樹は愛知にある福祉の専門学校に行くんだよ」
「え、愛知?福祉?」
「あんな面して福祉関係の仕事がしたいなんて笑っちゃうよねー。
しかも、なんでわざわざ愛知なんだか・・・」

言葉とは裏腹に美香さんの表情は冴えない。
好きな人の夢を応援したいって気持ちと、
好きな人と離れ離れにならなきゃいけないって気持ちの板ばさみ。

私と同じだ。

「直樹ってさ、どうしてか老人とか障害者に優しいんだよね。
それが普通なんだろうけど、直樹みたいな不良がそうだなんて、前から不思議だったんだ。
・・・そんな仕事がしたいだなんて、知らなかった」
「でも、美香は直樹のそんなとこが好きなんでしょ?」
「そうだけど・・・」
「そうだったんですね。すみません、何も知らずに」
「いいんだよ、和歌ちゃん。って、穂波。あんた、いつまで黙りこくってるの」
「えっ・・・と」

私は美香さんから目を逸らした。
自然に逸らしたつもりだったけど、とても不自然だったらしい。
美香さんは私の手からお皿を取り上げた。

「なんか隠してるね?言わなきゃ、もうケーキは没収」
「そんなあ」
「ほら。はきな」
「・・・」
「穂波。クリスマスイブに武さんとお泊りするための偽装工作手伝ったの、おばさんにバラスわよ?」
「和歌!」
「えー。悪いことするねえ、穂波も」

真央さんがニヤニヤした。

仕方ない。
私は、クリスマスの出来事を3人に話し始めた。





「お前はどこに行くつもりだ」

武は、私の鞄を見てため息をついた。

「一晩泊まるだけなのに、なんでそんなに荷物がいるんだよ?」
「だって。明日の服でしょ、ドライヤーとか化粧品とか・・・武こそ、なんで手ぶらなのよ?」
「別に何にもいらねーだろ」
「・・・いいよね、男の人は。でも、ほら!バイクでも邪魔にならないようにリュックにしたから!」


クリスマスイブ。
武と一緒にイルミネーションを見に行って、そのままホテルに泊まる約束だ。

「その前に、寄りたいとこがあるんだけど」
「え?どこ?」
「穂波にプレゼント買ってないから買いたい」
「・・・本人の前で?」
「買う時間なかったんだよ。それに、一緒に買った方が欲しいもの貰えていいだろ?」
「そうだけどー。こっそり準備しといて驚かせてよね」

私がふくれると、武が笑った。

「俺、そーゆータイプじゃねーし」
「それもそうね。武からバラの花束もらったりしたら、笑い死にできる」
「だろ?」
「あーあ、でも私はせっかくこっそり準備したのに」
「言ったら『こっそり』にならないんじゃないのか?」
「・・・」
「どうして、そう抜けてんだよ、穂波は」

私は仕方なく、鞄から荷物を取り出した。
実はコレが鞄の中で一番場所を取ってる。

「はい。本当は夜に渡そうと思ってたんだけど」
「・・・うわ、すげー・・・」
「でしょ?」

手渡されたプレゼントを見て目を丸くする武に、
私は胸を張って見せた。

けど。

「和歌ちゃんに選んでもらったろ?」
「どーしてわかるのよ?」
「穂波にこんなセンスがあるとは思えない」
「・・・どうせなら、貰って嬉しいものが欲しいでしょ?」
「穂波もサプライズ型じゃないな」
「・・・」

武は大事そうに蓋を開けた。
そこには、何十色ものカラフルなクレパスがズラッと並んでいる。

絵を描く人なら、ほとんどの人が欲しがるという有名なメーカーのクレパスだ。
・・・当然、和歌からの入れ知恵だけど。

「しかも、こんな種類が多いやつ・・・高かっただろ?」
「ちょっとね」

武も値段は知ってるだろう。
隠しても仕方ない。

「ありがとう。大事にするよ」

武はそう言って微笑んだ。

「うん」

武は大喜びしたりはしないけど、
どれだけ喜んでいるかは目を見れば分かる。

今日のこの目を見るためだったら、どんな苦労をしてもいいと思ってしまう。


「穂波は何が欲しい?」
「うーん、特にない」
「じゃー、やらない」
「・・・嘘。一つある」
「なんだよ?」

私は思い切って、言ってみた。

「ヘルメット」








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